せっけん作りやドッグアロマテラピー、犬との生活から
感じたこと、学んだことなどを綴りました。
お役立ち情報とともにお届けします。

 
はなことの3か月
~その4・はなこが遺してくれたもの~
2009/7/31


 はなちゃんの死は、悲しいというより、あまりにも神秘的でスピリチュアルな出来事でした。はな、もも、夫、私、家族全員が導かれるようにしてその時を迎えました。なき声がやむと体を急にのけぞらせ、頭の後ろ側からすぅーっと離れていった魂。魂が完全に体を離れると、はなちゃんの肉体は静かになりました。その一部始終をみんなで見守ったのは、きっとあの子がそうしてほしいと望んだのではなかったかと思います。

 すぐに瞼を閉じてあげ、手足を折り曲げて、はなちゃん専用のクッションに寝かせてあげました。冷たくなっていくはなちゃんの手を握りながら、わたしたちは眠りました。

スピリチュアルな出来事は、まだ続きました。

 翌朝、すっかり冷たくなってしまったはなちゃんをきれいに整え、おなかに保冷剤を入れてあげました。それから葬儀会社に連絡して火葬の予約をとり、動物病院に電話して、お世話になった先生にはなこの死を伝えました。午後はいつもどおりせっけん教室を開催。夜はブログに、はなこをかわいがってくださった方への御礼を書きました。
 なぜこんなに普通にしていられるのでしょう。泣き崩れることも、気力を失うこともなく、不思議なくらい淡々と、すべきことをこなしていました。はなちゃんの亡骸はまだ側にあります。
 夜・・・というより明け方、夢を見ました。・・・黄色い光の中、はなちゃんが見えました。
近くに寄ってみると、ピッカピカの元気な体に満面の笑顔で、しっぽをブンブン振っています。「ああ、はなちゃん・・・」 声は聞こえなかったけど、ワン、ワン、ワン!と、こちらに向かって吠えました。「アタシ全然つらくないよ!悲しまないで!」そういって吠えてくれたのだと思います。ああ、この子は病気のつらさから解放され、今とっても自由なんだ!!! 夢のなかで、嬉しくって嬉しくって、涙が溢れました。
 生きているということは、体という部屋に閉じ込められながら過ごすことなのかもしれません。ホルモンだとか神経だとか、体のさまざまな制約を受けながらわたしたちは生きている・・・。今のはなちゃんは、そういったすべての体のしばりから解放され、涅槃の状態にあるのでしょう。

 ほんわりとした温かい何かが自分を包んでいるような心地のなかで目が覚めました。なんだか幸せ♪と思えるほど。午前中、葬儀会社の方が棺を持ってきてくださいました。丁寧にはなちゃんの亡骸を棺に入れてくださいました。そのとき、葬儀会社の方が「あれ?」と声を上げました。
 「この子すごくやわらかい、苦しまなかったんだね。」
たしかに亡くなって2日もたつのに、はなちゃんの体はやわらかくて、背骨も手足も自由に折り曲げられます。葬儀屋さんが言うには、苦しまずに逝けた子は、いつまでも体がやわらかいとのこと。それを聞いて、初めてどっと泣けてきました。内臓が次々と機能しなくなり、血便が出て、最期はとてもつらかっただろうに、そう思っていましたから。夢の中のはなちゃんの言葉は、本当だったのですね。
 夕方、ブログではなちゃんの死を知った生徒さんが、お花をもって駆けつけてくれました。白い棺がお花で飾られ、とってもかわいくなりました。

 2月2日、はなちゃんが亡くなって3日目、ついに荼毘に附す日です。朝方バタバタして出かけるのが遅くなってしまいました。そのうえ棺が大きくて、うちの小さな車に入らない!? 蓋をずらしたら何とか入りましたよ。後部座席は棺でぎゅうぎゅうなので、わたしはももちゃんを抱いて前の座席に座り、夫が運転しました。もも、18キロ。抱っこというよりは、ふたりでおしくらまんじゅうのよう。
 出かけるのが遅れたにもかかわらず、スイスイと順調に車は進み、なんと時間前に到着。まるで何かが車をひっぱってくれたよう。
 さあ、はなちゃんの体に最後のお別れです。
 「ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・」
 何度も言って、送りました。はなちゃんの棺に火が入りました。

 2月というのによく晴れて暖かく、わたしたちはベンチに座りながら、煙突から立ち上る煙をのんびり眺めていました。とっても温かい、愛情に満ちたひととき。家族だけの小さな小さなお葬式だったけど、人間のお葬式では感じられないような、澄んだ何かがありました。


2009年2月3日のブログより
『はなちゃんとお別れ』

今日、はなちゃんのこの世の体とお別れしてきました。
家族みんなで見送りました。
もちろん、ももちゃんも一緒です。
葬儀は戸塚区ののどかな一角にあるポチたま霊園さんにお世話になりました。

お見送りのときのはなちゃん、たくさんのお花に囲まれ、本当に眠っているようなのです。
口元には、おととしのクリスマスにペットケアステーションさんからいただいたボール(キュウキュウ鳴るので大のお気に入りでした!)と、いつも出張講座をご依頼くださる杉並のAさまからいただいたクッキー。
手には、遠くから講座に通ってくださったおり~ぶさんにいただいたお守りに、わたしがはなちゃんに宛てて書いた手紙(初めて書きました)を持たせ、はなちゃんの協力でレシピを完成させたマイルドグリーンソープを置きました。
おふとんの下には、川崎のKさんに特注で作っていただいた、ももとお揃いのお洋服をかけてあげています。
足元には、エヘヘ、ダンナの古い靴下。
いつもダンナが帰ってくると、ももと先を争って靴下を奪っていました。
首輪は付けたままにしていただきました、名前とうちの電話番号が書いてあるから。。。
そして、やはり制作にあたりたくさん協力してもらった『愛犬の心と体を元気にする手作りアロマせっけん』。

いち早くお悔やみのメールをくださったソーパー仲間の野乃屋さん、お忙しい中お花を持って駆けつけてくださった保土ヶ谷のOさん・・・・・・みなさん本当にありがとう。
たくさんの心のこもった品物と、はなちゃんをかわいがってくださったみなさんの思い出とともに、無事旅立つことができました。

ポチたま霊園さんはペットだけの霊園です。屋外にはお墓や供養塔もあり、ひなたぼっこする猫ちゃんも多数。
霊園なのにしめっぽくて重い「気」はまったくなく、カラリとした明るい空気で満ちています。
動物って人間と違って、よっぽどのことがない限りこの世に恨みや執着を残さないで逝くからなんだろうなー。
ここに眠るペットたちが、家族に愛されてきた子たちばかりだからかもしれませんね。
 

お薬を飲み続けていたはなちゃんが灰になるのには、1時間半以上かかりました。まだ2月にもかかわらず、暖かく穏やかなお天気に恵まれ、これもはなちゃんのおかげかななんて思いつつ天に昇っていく煙を眺めながら、わたしたちの気持ちも今日のお天気と同じ、のどかであったかい思いに満たされていました。


 はなちゃんにつらいガン治療はしない!と決めたはずなのに、はじめのうちはただただ、死なないでほしい、治してあげたいと思っていました。それなのにお別れのときが近づいてくると、なぜだか運命に抗うことなく、はなちゃんもわたしたちも導かれるように死を受け入れました。

 どんなに最先端の治療をしても、運命の日は最初から決まっているんだ。

そう思いました。もし最後の最後まで生に執着し、引きとめようともがいていたら、あの子は楽に死ねなかったかもしれない・・・。
不思議なことは他にもあります。なぜ死の前日、はなちゃんをお風呂に入れてきれいにしたのか? 「あれはお見送りの準備だったんだね」 そう夫と話しています。
死の瞬間そのものも、とっても不思議で神秘した。まるで赤ちゃんが体をよじらせて生まれてくる様、それともなければ、さなぎから蝶が羽化する様に思えました。

  死はもしかしたら、次の生の始まりかもしれませんね。この世に生まれてきたのは、この世で果たす役目があるから。きっと役目を果たし終わって、あの子は次のステージに生まれ変わっていったのでしょう。 「生きるとは?」「死ぬとは?」 そんなこと絶対にわかるわけない!と思っていましたが、はなちゃんが身をもって教えてくれたような気がします。

はなちゃんメモリー
うちに来た日の
はなちゃん
  怒られて庭の隅っこで
泣いているはなちゃん
 
晩御飯のお手伝い?   はなちゃん 大好き!!! 

 ももは少し体調を崩しました。寂しいみたいです。でも一人っ子に戻ったももは、赤ちゃん帰りというか、わたしたちにべったりと甘えてくることがあります。はなちゃんがいたときは、決して見せなかった一面です。(しばらくして、ビットという新しい家族を迎えると、またしまり屋のおねえちゃんに戻りました。)

 はなちゃん、ありがとう。また家族みんなが、虹の橋で再会できますように。



はなこと過ごした3か月
~その1・なぜこの子が~
~その2・ぜったいに治してあげる~
~その3・最後の日~

~その4・はなこが遺してくれたもの~


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