せっけん作りやドッグアロマテラピー、犬との生活から
感じたこと、学んだことなどを綴りました。
お役立ち情報とともにお届けします。

 
おばあさんの白い犬
2007/3/23


 1年前の今日、夫が突然入院しました。何年も激務が続き健康を案じていたのですが、サラリーマンにとっては厳しい時代、休むこともできないままとうとうギブアップの日がきてしまいました。『本当は怖い家庭の医学』でやっているように、前兆はあったのです。でも体の声に耳を傾けてやれなかった・・・。
 犬たちがいたので、心細くはありませんでした。でもしばらくの間、彼女たちのお相手はわたしひとりです。いちばんたいへんなのがお散歩。特にはなちゃん。お外では好奇心大性だし、パワーも瞬発力もあるので、気が抜けません。いつもは夫がはなを、わたしがももを連れて一緒にお散歩するのですが、夫のいない間は2頭をひとりで散歩させなければなりません。

 さて、そういうわけで、狭くて車の多いいつものコースはやめて、広くて車の少ない通りを選んで歩くことにしました。お昼前の静かな住宅街、それまでは毎朝、夫が出勤する前に慌ただしく散歩していたのですが、コースも時間帯も違うとなんだか新鮮なかんじです。公園のベンチでお年寄りがくつろいでいたりして、何とものどか。
 ある日、公園で立ち話をしていたおばあさんがわたしたちが歩いてくるのに気づいて、「まぁ、ワンちゃん!」と近寄ってこられました。驚きと緊張・・・なぜ驚いたかというと、はなを「こわい」とか「大きい」と言って避ける人が多いから。こちらはただ歩いているだけなんですけど、すれ違いざまに「怖い・・・」とつぶやく人、けっこういらっしゃるんです。緊張したのは、はなは自分をじっと見る人に飛びつこうとすることがあるからです。彼女にしてみれば「アタシに何か?」と言っているつもりなんでしょうけど、立ち上がると人の肩ほどもある大型犬では、みんなびっくり、たじろいでしまいます。だから、おばあさんが転んでケガでもしたらタイヘンだ!と緊張したのです。
 案の定、はなはおばあさんに飛びつこうとしました。リードを思いっきり引いたので何とかもちこたえましたが、さぞ怖い思いをなさったでしょう、
「すみませんっ!」
と謝りました。ところがおばあさんは、
「いいえ、大丈夫。ワンちゃん大好きなの」
と、なおも飛びつこうとするはなをものともせず、頭を撫でてくれました。
本当にすみませんと平謝りしながら帰ってきたわたしは、どっと疲れました。

 翌日、同じコースの同じ時間帯、例によってひとりと2頭がお散歩しているとやはりあのおばあさんが公園に・・・
どうしよう・・・んんん?おばあさん早くも気づいてこっちを見ている。ここで引き返すわけにもいかないし・・・リードを持つ手に力が入りました。
「こんにちは」
とまずはご挨拶。
「昨日はすみませんでした」
「気にしないで、犬が大好きなのよ」
そう言ってまた2頭をよしよしと撫でてくれます。本当に犬と一緒にいるのが楽しそう。しばらくもも・はなと戯れた後、おばあさんは話し始めました。

「わたしも子供の頃ね、犬を飼っていたのよ。白い秋田犬でね、体は大きかったんだけどとてもやさしい子で――学校でいやなことがあったりしてひとりでしょんぼりしていると、クーンクーンって言いながらそばにいてくれるのよ。本当にいい子だったんだけど、あの当時は戦争でね・・・・・・モノがないのに犬なんか飼っちゃダメだっていう命令がきて、連れて行かなくちゃいけなくなったの。連れて行った犬は殺されてしまうのよ。もうわたしは泣いて泣いて・・・でもやっぱりどうしようもならなくてねー、母が連れていきました。今でもね、わたしはあの子が忘れられないのよ。」

 おばあさんはなぜわたしにこの話をしてくれたのか、もしあの時夫が入院していなかったら、わたしの心に余裕があったら、もっともっと深くおばあさんと接することができたと思う。あのあと何度か同じ場所でおばあさんと会いましたが、夫のことや家のことのほうが忙しく、ゆっくりとお話をする機会はありませんでした。
 夫が退院し、やっともとのライフサイクルにもどると、あの時の自分に後悔するようになりました。またあのおばあさんに会ったら話していただこう、そう思いながら1年たとうとしていますが、ほんの近所なのに、あの時間あの場所に行く用はなかなかなく、おばあさんともお会いしていません。もしお会いできたとしても、あんなつらいお話をまたわたしにしてくださるかどうか・・・。


 戦争中、そんなことがあったんですね・・・わたしは知りませんでした。60年たった今、日本はペットブームです。ブームだからとどんどん増やし、都合が悪くなったら簡単に捨てる、飼養放棄する、虐待する。行政が終生飼養を呼びかけ、動物愛護法で取り締まっても殺処分されるペットはなくなりません。戦争中はその逆の出来事があったなんて、いったいどのくらいの人が知っているでしょう?
 あの頃と今では、人々の動物愛護に対する意識は違うと思います。でも、もしまた戦争が起こって、生きていくのがやっとという時代がきたら、わたしたちは豊かな今と同じように動物たちと接することができるだろうかと、思わずにはいられません。

 きっとあの白い犬は、向こうの世界でおばあさんとの再会を待っているんだと思います。おばあさんも心の中でそう思っていることでしょう。わたしもそうであってほしいと願っています。
 

虹の橋
訳/湯川れい子 絵/半井馨
宙(あおぞら)出版
虹の橋」で逢おうね

編集/イーグルパブリシング編集部
「虹の橋」は作者不詳の英語詩です。人に愛された動物は、天国の虹の橋で、愛する飼い主がいつか来るのを待っています。うちの子たちはまだ健在ですが、きっとわたしより先に旅立つでしょう。虹の橋でももやはなが待っていてくれると思うと死はこわくない、そう思ってしまいます。おばあさんの白い犬も虹の橋で待っているのでしょうね。 「虹の橋」の詩をもとに、作家や画家など各分野で活躍する14名の著名人がつづったペットとの思い出。
まだわたしは読んでいません。でもいつか読もう!と思うときがくるでしょう。そのときまでとっておきます。


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